実は和歌山が発祥。醤油、蚊取り線香、鈴木さんにアレもコレも!?なもの5選

画像出典:ラフォーレ南紀白浜

日本人なら誰でも、毎日のように食事に使う「しょうゆ」。その醤油って実はここ「和歌山」が発祥の地であること、知ってます? そのほかにも「えっ、これも和歌山で生まれたの!?」ってものが結構多いんですよ。その中からユニークな和歌山発祥のモノをピックアップして紹介します!まず最初にご紹介するのは…

黒潮の漁民が生み出した、和食に欠かせないダシの素

かつお節(印南町)

かつお節4

出典:カネシゲ

 

いまに通じるかつお節が出回り出したのは江戸時代中期。その製法を考案したのが印南の漁民である「角屋甚太郎」と伝わっています。

甚太郎は、1600年代半ば、船団を仕立て、土佐に出漁した印南漁民のリーダーとされ、足摺岬に絶好の漁場を発見し、1年のうちの10ヶ月間を足摺岬で過ごすようになりました。そこで甚太郎が試みたのが「燻乾法(くんかんほう)」だったといいます。煮て乾かすだけだった加工法に、まきを燃やして煙でいぶす工程を加えたのです。その後、2代目甚太郎が父の志を継ぎ、仲間とともに試行錯誤して、かつお節の画期的な製造法を考案しました。火力でかつおを乾燥し、青かびを付けて日光乾燥を繰り返す「燻乾かび付け法」です。

甚太郎は「土佐節の祖」とたたえられ、印南漁民によるかつお漁とかつお節製造は、繁栄を極めたといいます。

出典:印南町ホームページ

 

甚太郎は焙乾(燻乾)の創始者でもあります。元禄時代(1688)前後から安永(1780)のころまでに大きな改良が行われ、煮熟・焙乾・カビ付けの草案におよんだので、甚太郎が改良したものを改良節と呼びます。 それまではわらを用いての火乾でしたが、ナラ・クヌギなどの薪を使い、煙で燻す焙乾法を考案しました。

出典:にんべん

 

かつお節2
印南町の国道42号線沿いに「かつお節発祥之地」の看板が見えます。

かつお節3
看板のそばには「かつお節発祥の由来」と由来板がありました。

印南町でどうしてかつお節なのか?と思って検索してみれば、
印南町でも古くから黒潮に乗って太平洋を北上するかつおを狙ってかつお漁が行われていたそうです。
昔は手漕ぎの船で、輸送に長時間かかったため独自の保存が用いられ、そうして生み出されたのがかつお節だったとか。

ただ残念ながら、現在印南町ではかつお節の製造は行われていないそうです。(´・ω・`)

出典:癒しの和歌山

これと花火とかき氷がない日本の夏なんて、物足りない!

蚊取り線香(有田市)

蚊取り線香3

出典:和歌山県ホームページ

 

有田市出身の上山英一郎(「金鳥」の商標で知られる大日本除虫菊の創業者)が1890年に発明した。当初は棒状で1時間程の燃焼時間だったが、妻・上山ゆきのアイデアにより燃焼時間が長く、かつ嵩張らない渦巻き形のデザインができた。
出典:和歌山県ホームページ

 

蚊取り線香の原料に使用される除虫菊は、胚珠(はいしゅ)の部分にピレスロイド(ピレトリン)を含むため、殺虫剤の原料として使用されています。

昭和30年ごろから化学原料が使用されるようになり、天然除虫菊を原料とした蚊取り線香はほとんど製造されなくなりましたが、現在でも蚊取り線香の生産高およそ50%は和歌山県で製造されているそうです。

蚊取り線香1
有田市文化福祉センター前の花壇に咲いていると「有田ブログ」が紹介されていたので、ダーリンと見に来たのでした。

蚊取り線香2
マーガレットみたいですね。

出典:癒しの和歌山

全国の鈴木姓のルーツは平安時代から紀州にあり!?

鈴木さん(海南市)

藤白神社の敷地内には、平安時代に熊野から藤代の地に移り住み、約122代続いたと言われる鈴木氏の屋敷跡があります。

神武天皇東征の時、鈴木家の祖先が天皇に稲を献じたので「穂積」という姓を頂いたが、この地では稲を積み重ねたものを「すずき」と言ったことから「鈴木」になったと言われています。

鈴木さん1

出典:藤白神社

 

日本で2番目に多い名字、”鈴木”さんとゆかりのある藤白神社周辺をさらに散策してみます。

ふと見ると「全国の鈴木姓のルーツ」との看板がありました(゜.゜)
鈴木さん2

2分ほど歩くと鈴木屋敷跡に辿り着きました。

鈴木さん3

ここ藤白神社を代々守ってきた鈴木氏の屋敷跡だそうです。
この鈴木家が、日本の鈴木姓のルーツなのだとか。

鈴木さん4

屋敷は残りませんが現在敷地内には往時をしのばせる曲水泉という池が残ります。

出典:ラフォーレ南紀白浜

 

「第7回全国鈴木サミット・フォーラム」が、鈴木姓発祥の地とされる海南市で5月21、22日に開催され、参加してきました。サミットでは、全国の鈴木氏に関する各地の情報を持ち寄り、連携を探るパネルディスカッションなどが行われ、私もパネラーの一人として登壇しました。

全国の鈴木さんとの交流と改めて、鈴木さんを誇りに思える2日間でした。

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出典:浜松鈴木さん 楽会

「全国鈴木サミット・フォーラム」は不定期で開催されています♪

妻と母への人体実験を経て、世界初の大手術に成功

全身麻酔手術(紀の川市)

麻酔手術1

出典:余生のつれづれに

 

旧那賀郡名手荘西野山村(現在の紀の川市西野山)に生まれた華岡青洲。
手術の痛みを取る術がなかった時代、長年研究を重ねた青洲は、動物実験、さらには妻と母への人体実験を経て、曼陀羅華(まんだらげ)を主成分とする麻酔薬「通仙散(つうせんさん)」を完成。
文化元年(1804年)には、世界初の全身麻酔による乳癌摘出手術に成功。
アメリカのエーテル麻酔成功より40年余前の快挙でした。

出典:紀の川市観光協会

 

「紀の国わかやま国体」にあわせて平成 27年9月12日午後2時に開通した京奈和自動車道(紀の川IC ~岩出IC)の初乗りに合わせ医聖 華岡青洲生誕地 青洲の里へ行ってきました。

麻酔手術2
春林軒(住居兼診療所)

麻酔手術3
門下生部屋

麻酔手術4
手術の様子

麻酔手術5
薬調合室

出典:4travel.jp

 世界中に弟子や愛好家がいる日本が誇る武道

 合気道(田辺市)

合気道は、開祖・植芝盛平翁(1883~1969)が日本伝統武術の奥義を究め、さらに厳しい精神的修行を経て創始した現代武道です。

出典:公益財団法人合気会

 

合気道1

合気道の創始者植芝盛平翁は田辺市上の山に生まれ、幼い頃から武道にはげみ、19歳で修行の旅に出て各流の武術遍歴を重ねつつ独自の武術を習得しました。

1922年(大正11年)に独自の武道を『合気道』と名付け、国内はもとより世界中にその名を広めました。

合気道は、日本のみならず世界の武道として広く愛されるとともに大きく発展を続けており、現在、世界56ヶ国150万人もの弟子や愛好家たちによって支えられています。

合気道2
1988年(昭和63年)には生まれ故郷田辺市で第5回国際合気道大会がはなばなしく開催され、その記念として扇ケ浜公園内に、盛平翁の銅像が建てられています。

出典:田辺観光協会

 

盛平翁を称え、田辺市では植芝家先祖代々の墓、盛平翁の生家跡、植芝盛平頌徳碑などを保存顕彰しています。

合気道3

合気道4

合気道5

出典:田辺市ホームページ

 

https://www.youtube.com/watch?v=6Eu5cQovwnk

 

このほかにも、「菓子」「漆器」「高野豆腐」などなどメイドイン和歌山のものはいっぱい!
またの機会にご紹介しますね!

※本文中の情報は引用元の情報に基づきます。実際に訪れる際には、事前に確認することをお勧めいたします

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