長き歴史を乗り越えて。貴志川線が開業100年【和歌山】

出典:ヨミウリオンライン

和歌山駅(和歌山市)と貴志駅(紀の川市)を結ぶ和歌山電鐵貴志川線は、2016年に開業100年を迎えました。山東軽便鉄道から始まり、南海電鉄、和歌山電鐵など運営会社は変わりましたが、田園風景をのんびり走る姿は健在です。100年の歴史を振り返ってみましょう。

貴志川線は、1916年2月に山東軽便鉄道の大橋-山東間8.2kmとして開通した。主な開設目的は、沿線に鎮座する官幣大社の日前神宮・國懸神宮(両神宮を総称して日前宮)と竈山神社、及び山東軽便鉄道開業後に官幣中社となった伊太祁曽神社への参詣旅客輸送であった。

(出典:貴志川線の社会的価値と再生までの経緯

1914.6 山東軽便鉄道設立
1916.2 大橋(現・大橋付近)-山東(現・伊太祁曽)間8.2kmが開通
1917.3 大橋-中ノ島(旧・和歌山=現・紀和駅)間2.0kmを延長
1922.7 紀勢西線開業のため中ノ島-東和歌山(現・和歌山)間を撤去
1931.4 社名を和歌山鉄道と改名
1933.8 伊太祁曽-貴志間6.3km延長開業
1957.11 和歌山電気軌道と合併し鉄道線となる
1961.11 和歌山電気軌道が南海電気鉄道と合併、南海電鉄貴志川線となる
1999.5 交通センター前駅が開業
2006.4 和歌山電鐵貴志川線の運行を開始
2007.1 猫の「たま」が貴志駅長に就任
2009.3 たま電車の運行開始
2010.8 貴志駅の新駅舎完成
2015.8 猫の「ニタマ」が、たまⅡ世駅長に就任
2016.6 うめ星電車の運行開始
(出典:貴志川線資料館

1922年

1922年の地図。赤線が当時の貴志川線 (出典:和歌山社会経済研究所

山東軽便はというと、和歌山駅近くの中之島駅を起点として、市街地(当時の和歌山市域)に張り付くように南下していました。

(出典:和歌山社会経済研究所

現在の地図と見比べ

現在の地図に1922年当時の貴志川線と駅名を赤で表示(出典:ほっと!和歌山県~和歌山県広報リレーブログ~

1961年、和歌山電気軌道は南海電気鉄道に吸収合併され、貴志川線も同社の鉄道路線となった。(中略)以後、30年以上に渡って南海貴志川線として運転を行う。(中略)1201系は戦前の南海鉄道時代の内装を色濃く残し、鉄道ファンには好評だった(中略)しかし南海の全路線の中でも最も赤字が酷く(中略)公募の結果、岡山に拠点を構えバスや路面電車、船舶の運営で知られる両備グループが経営を引き受けることとなった。

(出典:ピクシブ百科事典

南海時代1

戦前から活躍した1201系電車(出典:P3南海電気鉄道貴志川線

南海時代2

南海高野線から転入(出典:P3南海電気鉄道貴志川線

南海 新旧共演

新旧の競演(出典:貴志川太郎

貴志駅の飼い猫が、世界的にも有名になった「たま駅長」。2015年6月に永眠。在りし日の姿を…

たま駅長をモチーフにした列車が登場しました。列車には101匹のたま駅長が走ったり寝転んだり、見ているだけでも笑顔になるかわいさです。

(出典:和歌山電鐵

たま電車

たま電車(出典:sai10のいいかげんなブログ

和歌山電鉄貴志川線の新しいデザイン電車「うめ星電車」が4日、運行を始めた。県特産の梅をモチーフにした深紅の車体を一目見ようと、大勢のファンが集結。「たまⅡ世駅長」の三毛猫ニタマも登場し、門出を祝った。

(出典:朝日新聞デジタル

うめ星1小

うめ星電車(出典:リビング和歌山

うめ星2

うめ星電車の車内(出典:リビング和歌山

開業100年を超えた貴志川線。これからもずっと、和歌山の愛されるローカル線として頑張ってほしいですね。そのためにも乗らなくっちゃ。

※本文中の情報は引用元の情報に基づきます。実際に訪れる際には、必ず事前にご確認ください

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