南方熊楠、生誕150周年!和歌山が生んだ知の巨人ゆかりの地

南方熊楠顕彰館(出典:てくてく田辺)

和歌山で生まれ、並外れた記憶力を持つため「歩く百科事典」と呼ばれた博物学者・南方熊楠。今年で生誕150周年を迎えます。さまざまな分野での功績だけでなく、ユニークな逸話を多数残している熊楠ゆかりの地を巡って、その世界に触れてみませんか。

歩く百科事典と呼ばれた学者

南方熊楠(みなかた くまぐす)

南方 熊楠(みなかた くまぐす、1867年5月18日(慶応3年4月15日) – 1941年(昭和16年)12月29日)は、日本の博物学者、生物学者(特に菌類学)、民俗学者。
菌類学者としては粘菌の研究で知られている。主著『十二支考』『南方随筆』など。投稿論文や書簡が主な執筆対象であったため、平凡社編集による全集が刊行された。英語、フランス語、イタリア語、ドイツ語、ラテン語、スペイン語に長けていた他、漢文の読解力も高く、古今東西の文献を渉猟した。「歩く百科事典」と呼ばれ、熊楠の言動や性格が奇抜で人並み外れたものであるため、後世に数々の逸話を残している。  (出典:Wikipedia)

田辺市に今も残る数多くの熊楠資料と余生を送った邸宅

南方熊楠顕彰館・南方熊楠旧居

南方熊楠邸に遺された蔵書・資料を恒久的に保存し、熊楠に関する研究を推進し、その成果の活用を図り、熊楠について顕彰するための施設として、南方熊楠顕彰館が平成18年5月14日にオープンしました。顕彰館では、所蔵資料を大切に保存しつつ、広く所蔵資料を公開していきます。
また、顕彰館のオープンとともに、南方熊楠邸の公開も再開いたしました。顕彰館では、熊楠についての情報や学ぶ場を提供し、南方邸では、熊楠の生活と研究の拠点であった場所、空間を実感していただきます。  (出典:南方熊楠顕彰館 南方熊楠邸)

田辺市中屋敷に南方熊楠旧居(南方熊楠邸)があります。熊楠が、晩年の25年を過ごした家がここです。2000年までは娘の文枝さんが住んでいましたが、田辺市に遺贈されました。
文枝さんの、「熊楠が生活していた当時の姿に戻してほしい」という遺志があり、大正年間の姿に2006年復元・改修されました。邸内には、没後65年の間、熊楠の資料を保管していた土蔵や、熊楠が研究の場としていた書斎残っており、庭と共に当時を偲ぶことができます。
(中略)
また、枯葉の裏には菌があるからと、掃除はあまりしなかったそうです。熊楠にとって生物全てが研究の材料であり、この家から数多くの研究成果が世界に発信されました。 (出典:田辺探訪)

南方熊楠顕彰館・南方熊楠旧居

住所:
和歌山県田辺市中屋敷町36番地
営業時間:
午前10時~午後 5時(入館時間は、午後 4時30分まで)
定休日:
月曜日および第2・4火曜日 ・祝祭日の翌日(その日が土・日、休日にあたる場合を除く)・12月28日~1月4日 ・その他、臨時開館、休館有り

 国の天然記念物に指定されている、熊楠が愛し守ろうとした島

神島(かしま)

神島(かしま)は、和歌山県田辺市にある無人島。全島が照葉樹林に覆われ、南方系の植物が多く知られることから、天然記念物に指定されている。南方熊楠が保存運動に動いたことでも知られている。 古来より島全体を海上鎮護の神として崇め、樹林は神林として、また魚付き林として地元の保護を受け、明治まで人手のほとんど入らない森林を維持し続けた。 この島が貴重な生物の住むところであることは古くから知られており、特にこの島に生育するハカマカズラの種子で作られた数珠は熊野詣での人たちに特別なお守りとして珍重されたことが知られている。明治期には南方熊楠が再三この島に渡り、生物採集を行った。 (出典:Wikipedia)

神島は国の天然記念物の指定を受けていますが、熊楠が尽力して指定を受けたことなどはあまり知られていません。その蔭に地元の人々をはじめ、様々な人の協力があったこともです。
また、神島は天然記念物であるがゆえ、上陸禁止になっており、その真実の姿を知る人はほとんどいません。 (出典:南方熊楠顕彰館 南方熊楠邸)

☆扇ヶ浜海水浴場、天神崎からもその姿を見ることができるそうです。

熊野植物研究の中心基礎点だったクラガリ山

鬪雞神社(とうけいじんじゃ)

本殿裏の神山を仮庵山(かりおやま)といい、古代祭祀跡指定地。社伝によると竜神信仰があり、又、経塚も発見されている。仮庵山は、うっそうとした自然林で、巨大な楠が大きく枝を広げていたというが、明治の頃にその森の楠の一部が伐採された時、これ以上の伐採を中止させようと南方熊楠氏は、関係者を厳しく批判し抗議している。
南方熊楠氏は植物・民俗学者で、白然保護を世にうったえ、神社合祀政策に反対運動をされた方で、鬪鶏神社宮司田村宗造氏の4女松枝と結婚している。
(中略)
上記説明にもある通り、熊楠の妻は闘鶏神社宮司であった田村宗造の4女松枝(戸籍はまつゑ)でした。今は立ち入ることができませんが、熊楠は本殿裏の仮庵山で採集をしており、クラガリ山と呼んでいます。  (出典:localwiki)

2016年10月23日、第40回世界遺産委員会継続会議において、世界文化遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」に追加登録された。 (出典:Wikipedia)

闘鶏神社(鬪雞神社)

闘鶏神社は、通称「権現さん」と呼ばれ、御祭神の中には、熊野三山(熊野本宮大社、熊…

住所:
和歌山県田辺市東陽1-1

南方熊楠が熱心に通った採集地

ひき岩群

世界的に有名な博物学者南方熊楠は、明治37年に和歌山県田辺に定住してからよくひき岩群を訪れ、植物や粘菌の観察に明け暮れていました。 彼の残した標本の中には、当時の稲成村産の植物標本がたくさん残っています。「手頃な採集地だし、いいものが見つかるし」といって、熱心に通っていたとのことでした。
ひき岩群一帯は乾燥した特異な岩山のように見えますが、その谷間には岩壁がいたる所に存在し、湿地や滝もあります。 (出典:日本の奇岩百景)

ひき岩群
たくさんのカエルが天を仰いでいるような形から「ひき岩」と呼ばれるようになったとも言われているそうで。確かに、カエルに見えるねぇという岩、あっちにもこっちにも。
(出典:ミニチュアダックス 愛犬りりぃとのお気楽生活)

甘いもの好きの熊楠さん。特に大好きな「あんぱん」できあがり♪

くまぐすあんぱん (ララ・ロカレ)

 

ララロカレ
そしてこちら。ララ・ロカレさんで販売してるくまぐすあんぱん。
このパンの売り上げの一部は南方熊楠まちづくり基金に寄付され、白浜の南方熊楠記念館が来年新築される時に役立てられるそう。
あんぱんに使われてる酒種は熊楠の実家、南方酒造の物を使ってるというこだわりぶり!しっとり上品な味わいでおいしかったー♪田辺のおみやげにもいいですね! (出典:バニラなブログ)

開発エピソード
南方熊楠は、実は甘いものが大好きでした。そんななかでも特に好きだったのが「あんぱん」。徹夜のときは必ずあんぱん6つを用意し、好きな女性にあんぱんを30個プレゼントしたことまであるそう。そんな愛らしいエピソードににちなんだあんぱんをつくりたいと考えたのがきっかけで、和歌山市のデザイン事務所 designNAPがプロデュースし、ララロカレさんと一緒に開発しました。

くまぐすあんぱん
くまぐすあんぱんは、風味が良い北海道産小麦と海から採れた海洋酵母を使い、ひとつひとつ丁寧につくっています。生地と餡の組み合わせが異なる六種類のあんぱんをぜひお楽しみください。
(出典:くまぐすあんぱん)

☆酒種・梅・こし餡・ショコラカフェ・芋・栗の全6種類。小ぶりで、おやつやお土産などにもピッタリ!

RaRalocale(ララロカレ)

住所:
和歌山県田辺市上屋敷2-6-7
営業時間:
9:00~17:30
定休日:
火曜

※本文中の情報は引用元の情報に基づきます。実際に訪れる際には、事前に確認することをお勧めいたします
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