生誕150周年!奇人の天才・南方熊楠の逸話6選

出典:twitter

今年で生誕150周年を迎える、和歌山出身の偉人・南方熊楠。人並みはずれた行動や言動が有名で、生きているときからすでに伝説的な人物だったとか。伝えられている数々の奇抜なエピソードから、選りすぐりのものを紹介します。

世界で最も権威のある
自然科学雑誌「ネイチャー」掲載論文数歴代最多。

1869年11月4日、イギリスで天文学者ノーマン・ロッキャーによって創刊された総合学術雑誌である。
世界で特に権威のある学術雑誌のひとつと評価されており、主要な読者は世界中の研究者である。
(中略)
南方熊楠が1892 – 1900年のイギリス滞在中書いた、「極東の星座」を始めとする何点もの論文がネイチャーに掲載された。当時日本人の寄稿は、南方の論文を除けばせいぜい1点しかなかった、という。生涯にわたってネイチャーに掲載された熊楠の論文は51本にものぼり、これは日本人としてはもちろん、単独名の論文掲載としては歴代投稿者の中での最高記録であるという。
(出典:Wikipedia)

18ヶ国語を操るマルチリンガル

語学にはきわめて堪能で、英語・フランス語・ドイツ語・イタリア語・ラテン語・スペイン語について、専門書を読み込む読解力を有していた。また、ギリシア語・ロシア語などに関しても、ある程度学習したと考えられる。ただし、話したり書いたりしていることが確かめられる外国語は英語のみであり、十数か国語を「自由に操った」というのは伝説と考えられる。語学習得の極意は「対訳本に目を通す、それから酒場に出向き周囲の会話から繰り返し出てくる言葉を覚える」の2つだけであった。
(出典:Wikipedia)

語り継がれる多くの伝説

小学校時代はケンカ負けしらず

口から胃の内容物を自在に嘔吐できる反芻胃を持つ体質で、小学校時代もケンカをすると“パッ”と吐いた。そのため、ケンカに負けたことがなかったという。
(出典:Wikipedia)

サーカス団の一員!!???

アメリカ時代
ハバナには日本人はいないと思っていたが、着いて40日ほどして、思いがけず外人サーカス団の曲馬師、川村駒治郎が訪ねてきた。それが縁でサーカス団に加わっていた3人の日本人と出会い、ハイチのポルト-プランス、ベネズエラのカラカス、バレンシア、ジャマイカ島などと、しばらく行を共にし、熊楠は象使いの下働きのようなこともしたという。
(出典:南方熊楠記念館)

5万5千字、世界最長の履歴書

南方熊楠2

南方熊楠3

世界一長い履歴書

展示室前小ホールには熊楠翁の胸像(保田龍門作)及び世界一長い履歴書を展示しています。
(出典:南方熊楠記念館)

帰郷し募金活動を続けるなかで、矢吹義夫(日本郵船大阪支店副長)に南方植物研究所の基金協力依頼をした際、熊楠の履歴を求められたのに対し、その返書の手紙が、「履歴書」と呼ばれているもので、それは熊楠が巻紙に細字で書いた、長さ7メートル70センチ余にも及ぶ長大なものである。
履歴の内容の豊富さ、学識の豊かさなどの点で、恐らく古今にその例がなく、少なくとも日本一長い「履歴書」であろう。この長文の手紙は3日で書れたようで、熊楠を知るうえにもきわめて重要な自筆資料である。
(出典:南方熊楠記念館)

生涯無職

生涯定職に就かなかったためにろくに収入がなく、父の遺産や造り酒屋として成功していた弟・常楠の援助に頼りっきりだった。常楠は、奇行が多い上に何かにつけて自分に援助を求めてくる兄を快く思っておらず、研究所設立のため資金集めをしていたときに遺産相続の問題で衝突して以降、生涯絶縁状態になった。熊楠が危篤の際には電報を受けて駆けつけたが、臨終には間に合わなかった。
(出典:Wikipedia)

「ゲゲゲの鬼太郎」水木しげるが南方熊楠の生涯を漫画化

猫楠―南方熊楠の生涯

1991年5月8日号から1992年1月8日号まで連載された。粘菌学者「南方熊楠」の半生を、人語を解する飼い猫「猫楠」を狂言回しにして描いた伝記的作品。多くの史実を描く一方で、水木しげるならではの幻想的な場面もしばしば挿入される。
水木が南方熊楠を描こうと思ったのは、人となりが面白かったからだといい、本作品以外にも熊楠を題材にした作品を描いている(後述参考)。なお、水木は本作品が連載中の1991年に紫綬褒章を受章しており、授章式に燕尾服にシルクハットで出席している。これは、かつて昭和天皇の南紀巡幸の際に、熊楠がご進講をした時のスタイルにあやかったものである。
(出典:Wikipedia)

【あらすじ】

田辺の町、ある野良猫が喜多幅医院を訪れると、そこには南方熊楠という先客がいた。熊楠は喜多幅と卑猥な話で盛り上がっているが、これでも世界の碩学と謳われた大学者であり現在は粘菌集めに熱中しているらしい。また、熊楠は大の猫好きで、野良猫は熊楠に貰われることになり「猫楠」と名付けられる。猫楠はこれからの生活を楽しみに思いながら、熊楠のお供をするのだった。
(出典:Wikipedia)

かつて「週間少年ジャンプ」で連載も

「てんぎゃん」

1990年に週刊少年漫画誌である「週刊少年ジャンプ」において『てんぎゃん -南方熊楠伝-』というタイトルで、熊楠の半生がその奇行・暴れぶりから研究現場での苦闘まで鮮やかに漫画化されたが、雑誌の購買層には合わず、短命漫画となった。なお、当作品は一部完(熊楠がイギリス留学に旅立つ)という形で連載を終えているため、作者は留学してからのプロットも構想済みである。しかし、現在は版権の関係で連載を再開することはできないため、未完のまま終わっている。
(出典:Wikipedia)

☆その他エピソードは南方熊楠記念館、南方熊楠顕彰館へ

南方熊楠顕彰館・南方熊楠旧居

住所:
和歌山県田辺市中屋敷町36番地
営業時間:
午前10時~午後 5時(入館時間は、午後 4時30分まで)
定休日:
月曜日および第2・4火曜日 ・祝祭日の翌日(その日が土・日、休日にあたる場合を除く)・12月28日~1月4日 ・その他、臨時開館、休館有り

※本文中の情報は引用元の情報に基づきます。実際に訪れる際には、事前にご確認ください。

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