野村さん自叙伝 交通指導など地域に貢献

自叙伝を手に野村さん

全国で2番目に誕生した本町交通少年団の結成をはじめ、和歌山市の本町地区で交通指導や消防など数々の地域貢献活動に長年力を尽くしてきた野村晴一さん(90)=同市北新=が、自身の生涯の歩みをまとめた自叙伝『私の履歴書』(130㌻、非売品)を出版した。

野村さんは大正15年1月、現在も暮らす北新で生まれ、育ってきた。始成尋常小学校(現・本町小学校)、県立和歌山商業学校(現・和歌山商業高校)を卒業後、19歳だった昭和20年4月に徴兵検査甲種に合格し、旧日本軍の護阪部隊に入隊。同年7月の和歌山大空襲を経験し、終戦を迎えた。

戦後は、酒類販売などを手掛ける家業の商店を営みながら、地元本町地区の交通指導員や消防団員として活躍した。

特に野村さんが57年にわたって尽力した交通指導の活動では、昭和49年9月に全国で2番目、西日本で初めてとなる交通少年団「本町交通少年団」を結成し、副団長に就任。その後、団長となり、平成27年3月に89歳で退くまで務めた。

同書には交通少年団結成の経緯が詳しくつづられている。昭和48年に本町小の児童が交通事故に遭い、子どもたちに交通ルールの大切さを教えなければならないと考えたことがきっかけとなり、東京の小松川交通少年団の存在を知った野村さんは、本町にも交通少年団をつくろうと自ら奔走した。

この他同書には、終戦前後の本町地区の姿、室戸台風や和歌山大空襲の被害の様子など、野村さんの人生と共にまちの歩みも記されている。昭和40年ごろ、前畑秀子さんと共にベルリン五輪に出場した橋本市出身の小島一枝さんが本町小学校を訪れ、プールで模範泳法を披露したエピソードなども紹介している。

本の終盤には、平和への思いが語られている。野村さんは戦争中、市内北部で軍用トンネルを掘る作業に携わった。7年前からトンネル跡を探し続ける中、昨年8月、梅原の山中で旧日本軍のトーチカ(防御陣地)を発見。そのニュースを報じた本紙記事などと共に、トンネル探しに懸ける思いや発見の経緯などがつづられている。

本の完成を受けて野村さんは「終戦からの平和な社会を守り続けてほしいという願いを伝えたい」と話している。

同書の提供を希望する人は本町連絡所(℡073・422・3028)へ。

記事元: わかやま新報 ※掲載記事内容は記事提供元で過去に掲載された内容になります。