50回目の夏いよいよ 記念のぶんだら節4日

1969年4月24日、市民会館で初披露された「紀州おどり ぶんだら節」

〽ツレモッテ コイコイ――。和歌山市の夏の風物詩「第50回紀州おどり ぶんだら節」が4日午後4時から、和歌山城周辺で開かれる。ことしはセレモニーから始まり、第50回記念連や参加者500人を目指す飛び入り連が踊り、お化け屋敷などの特別イベントも行い、半世紀の節目を熱く盛り上げる。(写真は市提供)

市政施行80周年の1969年(昭和44)、「ぶんだら節」は江戸時代の豪商・紀伊国屋文左衛門が荒海に乗り出した意気と壮挙をイメージして作られた民謡で、唄に乗せて踊る「紀州おどり」も合わせて誕生した。

振り付けはゲームや民謡などを指導する市レクリエーション協会が考案。当時を知る紀州おどり保存会の大野孝子代表によると、当時の市内は重工業が盛んで県外から来る人も多く、親睦を深めてもらうため考えられた。振り付けは全て左足から始まり、踊りながら前に進んでいく。手の動きは海や紀伊国屋文左衛門がミカンを献上する場面を表現。誰でも参加できる踊りやすさを重視した。

同年4月24日、市民会館で初披露され、以降、南海和歌山市駅周辺や和歌浦などで踊られるように。市民に浸透すると、各自治会に参加を呼び掛け、最盛期を迎えた。住友金属工業(当時)などの企業からも参加し、85年には過去最高の136連、2万1075人が踊った。京橋やぶらくり丁周辺でも踊っていた時代があり、祭りは深夜まで続いたという。

大野代表は現在も参加企業や飛び入り連の練習を指導。一つひとつの動作を細かく伝えている。近年は参加人数が減ったものの、夏になると「ぶんだらの季節」と自然に人が集まり、存続の危機はなかったと振り返る。「踊り好きな人は来るし、踊りたい人がいてくれる限りは続いていく。同時開催の『おどるんや』の踊り子にも一緒に踊ってもらいたい」と話している。

ことしは午後4時から公園前交差点でセレモニー。市観光発信人によるトークショーやキャンペーンスタッフ「アゼリア」の歴代メンバーらによる記念連が踊る。また、県住みます芸人「わんだーらんど」が飛び入り連を率いて参加。先着500人にわんだーらんどがデザインした木札と市出身のモデル本谷紗己さんがデザインした手ぬぐいをプレゼント。「おどるんや~第15回紀州よさこい祭り~」も同時開催され、周辺は午後3時から10時まで交通規制が行われる。

記事元: わかやま新報 ※掲載記事内容は記事提供元で過去に掲載された内容になります。