「やわはだの熱き血潮に…」与謝野晶子にも詠まれた聖地、高野山を訪ねて。|PR|

「やははだの 熱き血潮にふれもみで さびしからずや 道を説く君」 若き修行僧に心動かされたであろう与謝野晶子が詠んだ歌で、歌集『みだれ髪』に収められています。現代語風に解せば、熱くたかぶってしまった私の柔肌に触れようともせず、道を説き続けるあなた様は寂しくはないのですかという風になりましょう。聖地高野山には似つかわしくない歌なのかもしれませんが、弘法大師の教えを無心に極めようとする若き僧の純粋さが痛いほど伝わってきます。また奥之院境内には彼女直筆の歌碑もあります。「大門のむこうは天である」と書いた司馬遼太郎や与謝野晶子をはじめ、多くの文人たちを惹きつけた高野の地。ここには作家たちの創造心をかき立てる神々しさが宿っているのかもしれません。高野山は明治になるまで女人禁制の地でした。女性は高野の入り口に建つ女人堂までしか歩みを進めることができませんでした。女人堂へと続く道には少しでも大師様に近づきたいと祈り、歩を進める女性の姿があったのでしょう。最近ではバックパック姿の外国人を多く見かけます。しかし大都会や観光地で目にする外国人観光客とは趣が違うようにも思えます。彼らも空海が開いたこの高野山に慈愛や厳かさを感じながら歩を進めているのかもしれませんね。奥之院では朝6時と10時半の2回、お大師様に御膳を届ける「生身供(しょうじんぐ)」が行われています。今もお大師様が「瞑想したまま仏様になっている」と信じられているからです。

壇上伽藍

壇上伽藍_R壇上伽藍は弘法大師が高野山を開創された際、最初に手をつけられた場所。根本大塔は真言密教のシンボルとして9世紀末ごろに建立された。大塔内は立体の曼荼羅として構成されている。

 金剛峯寺

金剛峯寺_R高野山は山全体が境内であると考えられ、金剛峯寺は高野山真言宗の総本山となる。金剛峯寺には東西60m、南北70mの主殿(本坊)や国内最大級の石庭である蟠龍庭(ばんりゅうてい)などがあり、48,295坪の広さを誇る。

徳川家霊台

徳川霊廟台_R

寛永20年(1643)に三代将軍徳川家光により建立された徳川家霊台。向かって右側が東照宮家康公霊台、左側が台徳院秀忠公霊台。この他奥之院には数多くの有名な武将の墓がある。

 女人堂

女人堂_R

現存する唯一の女人堂。明治5年(1872)に女人禁制が解かれるまで、高野山の7つの登り口には女性のための参籠所である女人堂があった。

 女人道

女人道_R

女人道は高野山境内の周囲に敷かれた女人堂を結ぶ巡礼路。2016年に高野参詣道の一つとして「紀伊山地の霊場と参詣道」に追加登録された。

 壇上伽藍中門(ちゅうもん)

中門_R

平成27年(2015)高野山開創千二百年記念大法会の記念事業として再建された壇上伽藍中門(ちゅうもん)。ライトアップされた中門は幻想的な佇まいを見せる。

 

写真提供:公益社団法人和歌山県観光連盟

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