移民と和歌山。歴史と異国を感じるスポット

和歌山県は、かつて多くの移民を輩出した“移民県”。戦前から戦後にかけ、夢を追い求めて多くの人が海外へ渡りました。その功績や苦労など、歴史を伝える場所が、今も和歌山にたくさん残っています。彼らの暮らしぶりを知って、世界と和歌山との関わりに思いを馳せてみませんか。

和歌山県は、全国第6位の移民県

和歌山県からの海外移住者数は、第二次世界大戦前がおよそ31,000人、戦後がおよそ2,000人で、広島、沖縄、熊本、山口、福岡についで第6位です(『海外移住統計(国際協力事業団・1994年発行)』より)。日本最初の公式な移民は、1885年(明治18)の第一回ハワイ官約移民※で、945人の移民のうち、22人が和歌山県人でした。

和歌山から世界各地へ移民した人たちの多くは、移住先での永住ではなく、出稼ぎを目的としていました。稼いだお金の多くを、故郷へ送金していたのです。家族や親戚はもちろん、出身地の学校や寺、神社などへも送金されていて、故郷の暮らしを支えていました。

和歌山県出身の移民からの送金額は、大正末期まで、全国一位であったといわれています。(『和歌山県移民史』より)

出典:和歌山県

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出典:和歌山社会経済研究所

カナダへ渡った移民が残したスポット

三尾のアメリカ村

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和歌山県中部に位置する日高郡美浜町三尾は、明治時代から多くの人がカナダへ移民した歴史のある地域です。
移民した家族からの送金で村は豊かになり、洋風の家を建て生活をしていたことから三尾は「アメリカ村」と呼ばれるようになりました。

出典:地球の歩き方

三尾にあるカナダミュージアム

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明治以来、美浜町三尾はカナダへ多くの移民を送り出した地域であり、その移民した人達が帰国後にカナダでの暮らし、文化を三尾に根付かせました。
又、そのシンボルでもある民家をカナダミュージアムとして彼らの歴史と地域にもたらした文化、カナダでの足跡を展示し、その軌跡を後世に伝えていく施設です。
帰国者の古きカナダでの暮らしを、一杯のコーヒーと共に味わっていただけるよう、一室をカフェとして併設しています。

出典:美浜町

カナダの港町「スティーブストン」を三尾なまり風にした食堂「すてぶすとん」。

パブ風のレストランで、美浜町や近隣の食材を活かした料理や、カナダ風の料理が楽しめます。

真珠貝を求めてオーストラリアへ渡った移民の資料が展示

 潮風の休憩所(串本町)


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館内ではゆっくりくつろげる展望テラスにくわえ、潮岬の特徴ある大地(ジオサイト)や、その大地と豊かな黒潮の恵みを受けて育まれた自然の紹介の他、串本町の人々が白蝶貝に夢を求めてオーストラリアに渡った歴史を紹介しています。

出典:串本町

国内公立図書館で唯一、移民を専門とした資料室を持つ

和歌山市民図書館

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歴史を伝える  国内公立図書館唯一の移民専門資料室

1886年に鎖国令が解かれると、数多くの日本人が新境地を目指して海外へ雄飛しました。
なかでも和歌山県は、全国有数の移民送出県です。
移民資料室は、主に明治期以後、移住先の発展に貢献した先人たちの歴史や功績を伝えられる資料を収集しています。

出典:和歌山市民図書館

この機会に移民と和歌山の歴史に触れてみませんか。きっと今に通じる学びがあるはずです。

ライタープロフィール

【geek】
和歌山県出身在住でありながら、知らないこともまだまだあるので、新たな発見をたくさ
んの人と共有したいです。

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