余命宣告からの出店 日本料理の石原さん

「家族と最高の仲間が宝です」と石原さん

悪性リンパ腫を患いながら日本料理の専門店を開き、素材にこだわった無添加の繊細な味わいで評判を呼んでいる料理人がいる。和歌山市園部で「和の心たけ」を営む石原毅智さん(44)。3年前から始まった闘病生活を振り返り「ここまで来られたのは家族や仲間の支えがあったから。自分が恩返しできるのは和食の道しかない」と感謝の気持ちを語り、「同じような病気で苦しんでいる人はどうぞ気軽に相談してください」と呼び掛けている。

石原さんが体に異変を感じたのは、平成25年4月5日の深夜、風呂に入っていたとき。足の付け根が腫れて2倍ほどに膨れていた。翌日には仕事ができないほど痛みがひどく、近所の病院で「すぐ日赤和歌山医療センターで診てもらうように」と言われた。

CTを撮ると脾臓(ひぞう)が肥大しており、精密検査の結果、診断は血液がんの中の「悪性リンパ腫」。血液細胞中のリンパ球ががん化したもので、石原さんの症例は同センターでは初めての珍しいタイプだった。

3週間後に受けたPET検査では、悪性リンパ腫の末期で「余命1年」と告知され、目の前が真っ白に。「酒もたばこもやらないのに、どうして自分が。これからの人生をどうしよう。家のローンは、借金もあるし、まだ学校に行っている子どもが3人もいる」。調理師と野菜ソムリエの資格を持ち、共に料理の道を歩んできた妻の貴代さん(45)ら家族を思うと涙が出た。

その後、太ももの付け根、鼠径(そけい)部のリンパ節切除手術を行い、抗がん剤による化学療法と分子標的薬投与が始まった。鎖骨からカテーテルを通して抗がん剤を24時間投与する治療を5日間行い、それを合計5回受けた。副作用により、嘔吐(おうと)や下痢、粘膜障害による口内炎などが頻発し、水を飲んでも戻してしまう苦しい日々が続いた。最後に自分の造血幹細胞を自家移植し、26年2月に治療が終わった。

退院後も落ち込む毎日が続いたが、多くの友人が励ましに訪れ、次第に元気を取り戻した。高校を卒業後、県内のホテルや日本料理店で腕を磨き、居酒屋を開いたこともあり、和食の道を歩んできた石原さんは、皆に恩返しがしたいと店を出すことを決意。とはいっても資金はなく、結局、内装など全て友人が採算度外視でやってくれた。「和の心 たけ」は26年9月にオープン。「たけ」の店名には、自身の名前「毅(たけ)智」に加えて、「竹」のように真っすぐ上に伸びるという思いが込められている。

「皆の思いが集まってできた店」に感謝の気持ちは尽きない。料理は自分一人で作るため、店は予約制。肉は使わず、魚を中心に体に良い素材を厳選した。訪れる客からは「優しくて懐かしい味」「だし汁がうまい」などの言葉をもらい、記念日だからと予約を入れてくれる人が増えた。

闘病中は地元の歌手・TONPEIさんの『夢は途中』をよく聴いた。今も夢の途中であり、和歌山初のミシュランガイドの星獲得も狙っている。病を得て思うのは、自分ひとりでは生きられないということ。病気になったからこそ人の優しさが分かるという。再発の危険を抱えているが、家族のためにも頑張り続ける石原さん。「皆さん、どうぞ奇跡の料理を食べに来てください」と話す。

問い合わせは同店(℡073・462・7278)。

記事元: わかやま新報 ※掲載記事内容は記事提供元で過去に掲載された内容になります。