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ライフ 現役大学生で3×3プロバスケプレーヤー・藤井風太選手【和歌山市出身】
藤井風太

現役大学生で3×3プロバスケプレーヤー・藤井風太選手【和歌山市出身】

公開日 2024.02.15

大阪教育大学3年生で3人制バスケットボール「3×3(スリー・エックス・スリー)」のプロ選手となった和歌山市出身の藤井風太選手にインタビュー。2月3日に和歌山ビッグホールで開催された「TGC」ではモデルとしてランウェイも歩いた。

東京五輪で正式種目として採用3×3(スリー・エックス・スリー)

ふじいふうた

5人制バスケとは異なる3人制のルール、競技の魅力

―東京五輪からオリンピックの正式種目として採用された3人制バスケットボール「3×3(スリー・エックス・スリー)」。まずは、競技ルールの説明からお願いします

使用するコートは、5人制バスケットバールのハーフコートで、使うゴールは一つだけ。2つのチームが同じゴールに向かってシュートを打ちます。試合時間は10分。10分経たなくても、どちらかのチームが先に21点(得点は1ゴール1点で、5人制の3ポイントシュートは2点)を取ると、その時点で試合終了。プレーヤーは3人で、1チーム登録人数は4人です。

―5人制とはまず人数が違いますが、その他、プレースタイルであったり、環境であったり、違いはありますか?

ハーフコートでプレーするので、5人制よりしんどくないと思われがちなのですが、人数が少ない分ボールが頻繁に回ってきますし、5人制だと攻めているときにちょっと休憩できたりするのですが、3人制はとにかく攻守の切り替えが早くて多いので、かなりハードです。見ている人にとっては、展開の速さが激しくて面白いと思います。それと、5人制だと試合が行われるのは体育館ですが、3人制はショッピングモールで公式戦が行われたりするので、買い物ついでなど気軽に観戦してもらえるのは、ストリートカルチャーだった「3on3」の名残ですよね。生で見てもらえるとその迫力やスピード感がより伝わると思います。

ふじいふうた

もともと5人制の選手から3人制へ、大ケガ後に3×3のプロを目指す

―藤井選手はいつからバスケットボールを? 始めたきっかけは?

小学校4年生のときに、仲の良かった友達の女の子に誘われてミニバスケットボールのチームに入りました。子どものころはわりと喧嘩(けんか)っ早くて、父親に「協調性を学ばないとダメ」と言われていたこともあり、半ば強制的に入れられたのですが…。そのチームには、同学年の男の子が一人もいなかったことがやる気になり、やってみると面白くて、虜になってしまいました。

―もともとは5人制の選手だったんですよね? 3×3はどういう経緯で?

小学校はミニバスケ、中学校・高校は5人制のバスケ部に所属していました。明和中学校のバスケ部は強くて、僕も和歌山県の選抜メンバーに選ばれてキャプテンをしていたのですが、スポーツではなく学業で高校を選び、桐蔭高校へ進学して、バスケ部には入部したのですが、まぁ、強豪とはいえるチームではないことは和歌山の方ならご存じですよね? そんな中で、高校1年生のときから3年間、3×3のU-18日本選手権予選に出場するために仲間と即席チームで試合に出場したんです。それから、高校を卒業して元和歌山トライアンズの坂東玲央さんに練習を見てもらったり、指導してもらったりしているうちに、もっと本気で3×3をやりたいなと思うようになりました。周りに本気で3×3をやろうという仲間は一人もいませんでしたけど(笑)。

―プロ選手を意識しはじめたのはいつ?

高校2年生のときに全治1年という大ケガをしたことがきっかけかな。バスケは大好きで僕が唯一長く続けてこられたことだったので、そのバスケで結果を残したいという思いが強くなり、3×3でプロを目指そうと思いました。

大阪教育大学在学中に京都のチームとプロ契約

ふじいふうた

2022シーズンからリーグ戦参入のZIGExN UPDATERS.EXEへ

―高校卒業後、大阪教育大学でもバスケを続け、大学生でプロ契約

3×3グローバルプロリーグ「3×3.EXE PREMIER」主催のトライアウトに参加。3チームに声を掛けてもらい、その一つが京都の「ZIGExN UPDATERS.EXE(じげんアップデーターズ)」でした。2022年シーズンからリーグに参入するチームでやりがいがあるのと、練習拠点が京都なので大学と両立できると思い、入団を決めました。

―大阪と京都を行ったり来たり、さらに学業とバスケ選手の二足のわらじは大変では?

リーグ自体が「デュアルキャリア」を推奨しているので、試合は原則、週末(土・日曜)に開催され、シーズン中の練習は平日の夜、シーズンオフだと土・日の昼間に行われるので、学業の妨げにはなりません。実際に選手の中には、一般企業に勤めている人や教員をしている人がいますからね。

―大学卒業後はどうされるんですか?

僕も4月に社会人になりますが、企業で働きながらプレーを続けるつもりです。平日の昼は仕事、夜は練習、土・日は試合のサイクルの繰り返しだと、なかなか遊べないのがネックかな(笑)。

2023シーズンは学業優先、2024シーズンに期待

―公式戦デビューは2022年7月の「ORANGE ARROWS.EXE」戦でしたね

デビュー戦のときは調子が良くて、その後、何試合かチャンスをもらったのですが、1チーム10人メンバーがいて、試合登録は4人。なかなか狭き門です。2023年シーズンは教育実習や卒業論文など学業を優先したので、リーグ戦には出場できませんでした。

―2024シーズンの抱負を

1試合でも多く出場してプレーしたいですね。5月に開幕するので応援お願いします。

念願のTGCのステージへ、地元和歌山でモデルデビュー

ふじいふうた

目指すはバスケとモデルの二刀流

―プロバスケットボール選手として活躍する傍ら、モデル活動にも果敢にチャレンジしています

大好きな地元和歌山に何か貢献できることがしたくて、影響力のある存在になりたいんです。そのためには、自分の知名度が必要かなと思っていて、もともと「好奇心旺盛なお調子者」で“表舞台”が嫌いじゃないので、芸能活動にも興味がありまして。

―184㎝の長身にその甘いルックスですもんね

・・・(笑)。第36回ジュノン・スーパーボーイ・コンテストはベスト70でした。

―2024年は「TGC(東京ガールズコレクション)WAKAYAMA 2024」のランウェイを歩きました。

一昨年も和歌山モデルオーディションを受けたのですが、落ちてしまって、めちゃくちゃ悔しかったんです。その落選の要因として、和歌山での活動が足りなかったんじゃないかと。僕は和歌山出身ですが、今は大阪に住んでいますし、バスケットの拠点も京都ですし。だから、1年かけて地元での活動に積極的に参加してきました。そしたら、受かってうれしかった~。ランウェイを歩けて、すごく気持ちよかったし、楽しかったです。

ふじいふうた

大好きな和歌山の思い出、これからやりたいこと

―今の自分に点数を付けるとしたら?

好きな生き方をして思ったことができているので70点。まだまだ伸びしろがあるのと、100点にすると残りの人生が面白くないので70点に。ちょっぴり高めに付けました。

―和歌山で思い出の場所、行ってみたい場所

実家に近い和歌山マリーナシティは超思い出の場所。子どものころはヒーローショーに連れていってもらって、TGCの出演が決まった場所でもありますからね。行ってみたい場所は太地町立くじらの博物館。ずっと気になっていて行きたいのですが、和歌山市内からでも3時間くらいかかるので、日帰りじゃしんどいだろうな~と、まだ行けていなくて。

ふじいふうた

―10年後の目標は? そのもっと先の人生はどう考えていますか?

イオンや和歌山駅で“おっ、風太”と声を掛けてもらえるような存在になっていたいです。そして、自分自身としては、3×3の楽しさをもっと和歌山の人たち知ってもらうために、動いていきたいなと。当初は地元でプロチームを立ち上げたいと思っていましたが、今はまず、育成世代が3×3を楽しめる環境を整えることの方が先なんじゃないかなと考えています。U-15やU-18やの世代が、一年を通してプレーできる練習場や大会を整備して、競技を楽しむ若い世代が増えてくれば、その親や周りの人たちにも3×3が身近なスポーツになり、いずれプロチーム発足へとつながっていくと信じて、小学生を対象にした3×3のクリニックなど、できる範囲で少しずつ行動していきます。

―今後の人生設計の中で、和歌山に戻って来る計画はありますか?

はい。僕、和歌山が大好きなんで。だから、地元で地元に貢献できることをしたいんです。今は、外で修業中(笑)。鍛えて戻って、そんな僕の活動を見て、もっと和歌山を良くしたいと同じ思いを持ってくれる人が増えればうれしいです。

【プロフィール】ふじい ふうた/2000年9月12日生まれ、和歌山市出身。大阪教育大学4年生。小学校4年生でバスケを始め、明和中学校、桐蔭高校、大学とバスケ部に所属。2022年京都市を本拠地とする「ZIGExN UPDATERS.EXE(じげんアップデーターズ)」とプロ契約。和歌山ではまだまだ認知度の低い3×3を普及させるため、大会運営なども手掛ける。▷インスタ@fu_____24

取材/2023年12月21日オンラインで