和歌山市関戸の岡本愛子さん(90)は、江戸時代から続く伝統の技法「木目込み人形」や「衣装着人形」「つまみ画」に60年以上にわたり取り組み、卒寿を迎えた今も創作の日々を送る。「自分の楽しみで続けてきました。幸せな人生です」と充実の笑顔を見せる岡本さんは、後進の指導にも力を注いでいる。
木目込み人形は、人形の体に彫った溝に布地を入れ込み、衣装を着ているように仕立てる。つまみ画は、正方形に切った柔らかい布をピンセットでつまんで畳み、のりを薄くのばした下絵の上に無数に置いて画を完成させる。いずれも高い技術を必要とし、繊細な表現が魅力となっている。
岡本さんは旧金屋町で4人きょうだいの長女として生まれ、19歳で大阪の銀行に就職。20歳のときに親元に戻り、県庁有田地方事務所に勤務した後、23歳で見合い結婚し、和歌山市堀止で新生活を始めた。
人形作りのきっかけは結婚から間もないころ、本好きの夫が当時の四大婦人雑誌の一つ「婦人倶楽部」に出ていた日本芸術人形協会の広告を見て勧めてくれたこと。子どものころから裁縫が好きで、軍服の縫製などを手掛ける義父母の仕事も手伝っていた岡本さんは、人形作りに熱中。2人の息子が生まれた後は、寝かしつけてから説明書を読んでは夜遅くまで制作に励み、翌朝は義父母の手伝いをする生活が続いた。
同協会は通信教育などで指導者を養成し、現在も日本各地での教室開講や材料の販売などを行う。
岡本さんも通信教育で学んだ。制作した人形を東京に送り、協会本部が形や縫い具合などを採点、80点以上の出来栄えで初級の稚児人形から中級の童謡人形へ、上級の女形人形へと進む仕組みで、岡本さんはぐんぐん腕を上げた。平成22年からは本部教授を務めている。
つまみ画も20代から取り組んでいたが、43歳の時に佐田つまみ画研究会に入会し、より本格的に技術を学び始めた。「丸つまみ」「剣つまみ」の2つの技法を主に組み合わせて花や鳥などの繊細な模様を表現するが、難しさから取り組む人は少ないという。
作品を見て「やってみたい」と言い始めたひ孫の明衣ちゃん(7)に、岡本さんは制作過程を見せ、「あんたにはまだ難しいなあ。もう少し大きくなったら始めようね」と優しく話している。
伝統の創作活動と共にある人生には、授かった女の子を生後一カ月で亡くしたことや、約10年前に左目の視力を失ったことなど、辛い経験もあったが、隣家に暮らす嫁の多津子さんが「芯が強い」という岡本さんは、手芸だけでなく料理などにも追究の心を見せ、高齢を気遣う親しい人たちの心配をよそに、元気に日々の生活と創作活動に打ち込んでいる。
長生きの秘訣(ひけつ)を聞くと、「長生きしたいと思ったことはありません。自分の好きなことをやりたい放題してこられた幸せな人生です」と振り返った。