「吾輩は猫である。名前はまだ無い。ただ、周りからは『館長』と呼ばれたりする…」。和歌山市立博物館(湊本町)に、その白い1匹は、どこからともなくきょうも姿を現す。飼い主のいない、いわゆる「地域猫」。来館者や市民にとってマスコット的な存在として認知されるようになり、インターネット上などでは「ぜひ館長にしてはどうか」との声も上がっている。
「あ、あそこにいますね」――。周辺を見渡せる同館2階フロアから、学芸員が指さした先には、くつろいだネコの姿があった。
警備員にゴロンとおなかを見せてリラックス。そのネコは3年ほど前から同館周辺に住みついている。雑種の雄で推定5歳。隣接する市民図書館周辺や、地下の駐車場を歩き回り、日中、日差しの強い時間帯は植え込みの木陰でひと休み。博物館裏の草陰にたたずんだり、爪を研いでみたり、自由に過ごしている。
「館長」以外にも、呼び名はシロ、ハク(白い毛の色と博物館の「博」をかけて)、ちえちゃん、などさまざま。何より人懐っこく大人しい。ある市民が伝え聞いた内容によると、以前は飼い猫だったが、飼い主がマンションに引っ越すことになり、飼えなくなって同館近くに捨てられたようだという。
地域猫をめぐっては、餌やりをする場合の取り決めなどを定めた県の条例が来年4月に施行される。このネコはすでに元の飼い主が去勢手術済み。定期的に面倒を見に来る市内の女性が県に相談の上、首輪を着け、責任を持って餌の後始末をしている。
「館長」の周りには、自然と人が集まる。よく隣の図書館を利用するという60代の男性は「たま駅長もいなくなって和歌山は少し元気をなくしているので、(ネコ館長は)明るい話題で歓迎です」と話す。
ネコはすでに市立博物館の広報部長的な役割を担っている。同館のツイッターに登場し、展覧会をPR。人気を博した東京の伊藤若冲展の長い待ち時間と対比し、同館の入りやすさアピールしたユニークな投稿は、ネット新聞ハフィントンポスト日本版で紹介され、話題になった。「館長にしては」との声も上がり、ツイッターを見て会いに来る人も現れた。
「館長」が特に懐いている同館の近藤壮学芸員(45)は「皆さんに愛されているネコであることは確か。地域で上がった声から、いい形で博物館のシンボル的な存在になれば、地域猫の新しい一例になるのでは」と期待を寄せる。
また、世話をする女性は「『勝手に餌をやって』という目で見られることもありますが、きちんとルールを守っていることを知ってもらいたい。このネコが市民に周知されることで、地域猫への理解が広がれば」と話す。そして「かわいそうな子。もとはといえば、飼い主が最後まで責任を持って飼うべきなんですから」とも。
一方で、同館は公共施設のため、慎重にならざるを得ないのも事実。全国的には、一茶記念館(長野県信濃町)や椋鳩十記念館・記念図書館(同県喬木村)にネコ館長がおり、一定のルールを設けるなどして、PRに一役買っている例もある。
市立博物館の額田雅裕館長(59)は「ネコを通じて、博物館に親しみを感じてもらえたり、会いに行きたいと思ってもらえるのは、うれしいこと。温かく見守ってもらえれば」と話している。