豊かな国際交流表れ 「令和」出典の万葉集

「令和を豊かな文化の時代に」と村瀬さん

5月1日に施行される新元号「令和」が発表され、出典の万葉集への関心が高まっている。令和は、春の晴れやかな宴の和やかな様子を記した序文に見られる2文字の組み合わせ。国文学者で紀伊万葉ネットワーク代表、近畿大学名誉教授の村瀬憲夫さん(72)=和歌山県和歌山市=に、その解釈と新時代への期待を聞いた。

序文は、宴で詠まれた32首の歌の前に、当日の情景を解説したもの。奈良時代の730年(天平2)1月13日、平城京から重要な役所だった大宰府(現在の福岡市)に長官として赴任していた、大伴旅人(おおとものたびと)が記した。

宴が開かれた長官の屋敷には、中国から渡来した白梅の木が植えられており、その美しく貴重な花の下で都の風流を再現しようと、九州全土から、現代の県知事クラスにあたる役人約30人が招待され、杯を交わしながら歌を詠んだ。

「令」と「和」の2文字は序文中の「于時初春令月氣淑風和梅披鏡前之粉、蘭薫珮後之香」からとられており、意味は「時は初春のよい月で、辺りの空気は爽やかに澄み渡っており、風は和やかに吹いている。おしろいの粉のように梅の花が咲き、蘭は身を飾る装飾の香のように匂っている」。

村瀬さんは、序文が漢文で記され、同様の情景描写が、古代中国の名文を収めた書物『文選(もんぜん)』にも見られることから、「奈良時代にも大陸との活発な国際交流が行われ、日本文化は中国文明の豊かな土壌に育まれたものであることがうかがえる」と話す。また、「おしろいの粉のよう」との表現から、梅は白梅であったことが分かるという。

万葉集の特徴については、「恋ふること慰めかねて出で行けば山も川をも知らず来にけり」の歌を紹介し、「恋しくていてもたってもいられず家から出たら、呆然として山も川も越えてここまできてしまった」との、1300年前の人の情熱的な恋の表現が見られることなどを例に、「人間賛歌の歌集でもあった」と解説する。

「令和」の解釈は人それぞれによるところとした上で、「白梅のように今はまだ無垢な新しい時代を、豊かな文化で彩ってほしい。元号をきっかけに万葉集の素晴らしさを味わうことができたら、とても良い時代になるでしょう」と期待を寄せる。

記事元: わかやま新報 ※掲載記事内容は記事提供元で過去に掲載された内容になります。