自分を責めないで 29日にSIDS家族の集い

那琉斗君の写真を手に思いを語る神崎さん

健康な赤ちゃんが、睡眠中などに突然死する乳幼児突然死症候群(SIDS)や、流産、死産で子どもを亡くした家族を対象にした集いが29日、和歌山県和歌山市手平の和歌山ビッグ愛で開かれる。遺族を支援するNPO法人「SIDS家族の会」和歌山支部(田上克男代表)では「同じ経験をした親同士が気持ちを語り合うことで気持ちも整理できる。どうか自分を責めないで」と呼び掛けている。

同支部で同じ立場である遺族らの相談に乗る「ビフレンダー」として活動している神崎未歩さん(40)=同市松江東=は、2002年9月27日、一人息子の那琉斗君を2歳の誕生日に亡くした。

当時シングルマザーだった神崎さんは、昼夜で二つの仕事を掛け持ちしながら、実家で両親や妹と暮らし那琉斗君を育てていた。

誕生日前日の26日。神崎さんは生き物や電車が大好きだった那琉斗君を喜ばせようと、プレゼントの電車のおもちゃを押し入れの中に隠していた。新幹線のキャラクターが描かれたケーキもこっそり用意。翌日の誕生日は休みを取り、大阪の海遊館に一緒に行くつもりだった。

保育園の帰り道「あした誕生日やなぁ」と話すと、那琉斗君はいつものように笑っていた。夕方仕事に出掛けた神崎さんは、その日に限って携帯電話を忘れてしまう。取りに戻ると、那琉斗君が携帯電話を手に持って遊んでいた。「もらっていくよ」と声を掛けたのが最後になった。

うつぶせに眠った那琉斗君が息をしていないことに気付いたのは、寝かしつけた神崎さんの母だった。午後9時ごろ、「那琉斗が大変。とにかく病院へ」と職場に父から電話があり、訳が分からないまま市内の病院へ駆け込んだ。

那琉斗君は人工呼吸器をつけ、自分では息をしていない状態だった。神崎さんは医師に呼ばれ、心臓マッサージをされる小さなわが子を見て「もう痛くてつらいことはやめてください」――。那琉斗君の手を握った。延命治療をやめ、午前0時6分、那琉斗君は息を引き取った。日付けは変わり2歳の誕生日を迎えていた。

医師からは「全ての検査をしたが原因はない。疑うとすればSIDS」と説明を受けたという。棺には用意していたプレゼントやケーキを一緒に入れた。通夜や葬式以外に当時の記憶はなく、突然の出来事に実感がないまま日々が過ぎた。

1週間がたったころ、インターネットでSIDSについて調べている時に「家族の会」の存在を知った。電話をしてみると、同年11月に和歌山でミーティングがあると紹介してもらった。とにかくSIDSのことを詳しく知りたい、何か情報が得られるかもと参加した。

ミーティングでは、同じような思いを持つ遺族らが静かに神崎さんの話を聞いてくれた。「あの日から2カ月。『頑張らんでええんよ』と声を掛けられて初めて泣きました」と神崎さんは振り返る。

その後06年に誠さん(42)と再婚し、2人の子どもに恵まれた。全てを受け入れると言ってくれた誠さんは「会ったことはなくても那琉斗も僕の子」と話す。

神崎さんは15年10月から、同じような経験の人のサポートをするためビフレンダーになった。SNSの普及で顔を合わせて語り合う必要性や機会が減っているが、やはり実際に同じ経験をした親同士が気持ちを語り合い、寄り添うことが大切、と神崎さんは話す。「家族の会に出会っていなければ、きっとまだ自分を責め続けていたと思う。経験を共有して『自分だけじゃないんだ』ということを知ってもらいたい」と参加を呼び掛けている。

ミーティングは午後1時半から4時半まで、和歌山ビッグ愛9階会議室で。予約不要、参加無料。問い合わせはメールで神崎さん(mmnt6231392726k@yahoo.co.jp)。

記事元: わかやま新報 ※掲載記事内容は記事提供元で過去に掲載された内容になります。