葛城修験葛城修験の道と古座街道 歴史の道百選に追加

「葛城修験の道」の友ヶ島を行く修験者(和歌山市)県提供

「古座街道」の水源の大師像(すさみ町)県提供

「古座街道」の水源の大師像(すさみ町)県提供

文化庁は30日、「歴史の道百選」の追加選定を発表し、和歌山県内から和歌山市など紀北5市町にまたがる「葛城修験の道」と紀南4町の「古座街道」が新たに選ばれ、選定箇所は計4件となった。すでに選定されている「熊野参詣道」と「高野山参詣道」の範囲拡大も決まり、文化財の保全や観光振興への活用などに期待が高まる。

文物や人々の交流の舞台となり、往時の面影をとどめる歴史的・文化的価値に優れた古道や運河などを選定し、地域の文化財への関心と理解を深めることを目的とする事業。1996年に全国の78カ所が選ばれ、今回の追加選定で114カ所となった。

「葛城修験の道」は、現在も修験者の修行の場として使われる道。修験道の祖とされる役小角(えんのおづぬ、役行者)とのゆかりから、紀伊、和泉、河内、大和の4カ国にまたがる葛城山系は、古代から修験の聖地として崇敬されてきた。

役小角が法華経八巻二十八品を埋納したとされる経塚を「葛城二十八宿」として行場、拝所、宿所などを設け、関係寺院を含めて修行の場とされてきた。これらをつなぐ道は、近世には京都の聖護院や三宝院の門跡(もんぜき)をはじめ多くの修験者が入峯(にゅうぶ)するようになった。

今回の選定範囲は和歌山市、岩出市、紀の川市、橋本市、かつらぎ町に及ぶ。橋本市の行者杉から岩出市の根来寺・押川付近、同市の槌ノ子峠から和歌山市の孝子峠、友ヶ島などを含む。原則として、かつての山道が残存している部分が中心だが、道はつながっていることが重要であり、間をつなぐ舗装路なども対象となった。

「古座街道」は田辺と古座を最短で結ぶ街道で、近世以降に林業や製炭業、行商人の往来、西国巡礼などに広く利用された。街道沿いには石仏が多く、一部に石畳道も残り、明治時代には熊野中道とも呼ばれていた。

今回の選定範囲は古座川町、すさみ町、上富田町、白浜町の4市町で、法師峠や宇津木越など土道が残っている区間が選ばれた。

「熊野参詣道」は一部が世界文化遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成資産、国史跡の指定範囲であり、今回は土道が残る箇所が拡大された。本紙エリアでは紀伊路の藤白坂、拝ノ峠(海南市)が含まれている。

「高野山参詣道」は、「高野七口」と呼ばれる山内への入り口に至る複数の参詣道のうち、土道が残る箇所が範囲に追加された。

県文化遺産課によると、選定された道は、保存整備を図る事業の経費が国庫補助の対象となる。同課は「保全、活用に向けてステップを一つ上がったことになり、意義がある」とし、市町村と連携して活用法などを検討したいとしている。

記事元: わかやま新報 ※掲載記事内容は記事提供元で過去に掲載された内容になります。