光ある限り描いた4年間 栗本さん鉛筆画展

県展で教委賞に選ばれた「虚空遠望葛城仙人抄」(150号)

深く刻まれた顔のしわ、哀愁を宿したまなざし――。静寂かつ克明に、見る者の心に迫るような人間の内面や精神性を精緻な鉛筆画で描き、昨年10月に69歳で亡くなった和歌山県和歌山市の栗本邦男さんの回顧展が9日から14日まで、同市の県民文化会館で開かれる。左目の視力を失ってから絵を描き始め、4年間で残した作品を初めて展示。邦男さんの遺志を継ぎ、個展を企画した妻の眞知子さん(65)は「何か皆さんの琴線にふれるものがあれば、主人もきっと喜ぶと思います」と話している。

市駅近くで釣り道具店をしていた栗本さん。50歳の頃、緑内障で左目の視力を失った。キャンピングカーでの旅先で出会った人が描くデッサンや水彩画に刺激を受け、右目だけを頼りに、それまで全く縁のなかった絵を描き始めた。紀の川市の絵画教室「アトリエつくし」に通い、デッサンなど絵画の基本を学び、以後は独学で腕を磨いた。

水彩画を描いた時期もあったが、右目も次第に微妙な色みが認識しづらくなり「白と黒の世界なら表現できる」と鉛筆画に転向。濃さの違う鉛筆50本ほどを使い分け、背景の黒は芯を削り、粉状にしたものを塗り込んだ。大作は一日8時間、1カ月かけて仕上げたという。

2004年に県展に初出品し、入選。
05年には県展で知事賞に次ぐ教委賞に輝き、その後、和歌山市美術展覧会などの公募展で入選・入賞を重ねた。

右目の視力も衰える中で「虫眼鏡を片手に、一生懸命に描いていました」と眞知子さん。モチーフは当初風景が多かったが、精神性の高い人物画が中心となり、2007年に全関西美術展で二席に輝いたのを最後に、絵の世界から退いた。

最後に描いたのは、光を包む大きな両手の指間から砂が漏れ出す一枚で「自分の夢が、手の中からどんどんこぼれ落ちていく様子を表現したのかもしれません」。

一方で、同時期の「混沌からの離脱」に描かれた勇者は自画像だといい、真っすぐに前を見据える力強いまなざしが確かな意志を感じさせる。家族には決して弱い部分を見せずいつも前向き。自身と向き合いながら、鉛筆1本、白と黒のみで濃密に表現した。

眞知子さんは「強い人でしたね。片目の視力を失っても落ち込むことなく、今の自分にできる事を探す人でした。現状を受け入れ、楽しみを見つけるのが上手でした」と振り返る。

市視覚障害者福祉協会に入り、両目が光を感じられなくなっても、卓球や俳句、川柳を楽しみ、眞知子さんに手を引かれてキャンピングカーで旅行にも出掛けた。しかしその後、悪性リンパ腫を患い、体調を崩して昨年10月に息を引き取った。

眞知子さんは生前、栗本さんが「個展がしたいなぁ」と言ったのを耳にした記憶があり、一周忌を前に展覧会の開催を決意。今展では大作を中心に18点を展示する。眞知子さんは「自分の心情を重ね、一心に描いていました。魂を写し取るような胸に迫る絵を、少しでも多くの方にご覧いただければ」と話している。

午前9時から午後5時(最終日は3時)まで。

記事元: わかやま新報 ※掲載記事内容は記事提供元で過去に掲載された内容になります。