塩津の庄屋彦太夫 南方さんが紙芝居制作

紙芝居を手に南方さん

和歌山県海南市下津町の「塩津いな踊り保存会」の会長、南方嘉門(よしかど)さん(76)が、江戸時代に塩津の村を救ったとされる「庄屋彦太夫」の史実を元に、紙芝居を制作した。地域で紙芝居の読み聞かせ活動にも力を入れる南方さんは「今の塩津があるのは彦太夫さんのおかげ。頭の片隅にでも残ってもらえたらうれしい」と願っている。

南方さんは、数年前まで海南市歴史民俗資料館に勤務。同資料館で運営審議委員をしていた際、塩津に伝わる「隠し船」の逸話を知ったという。「塩津の歴史を残したい。文章より紙芝居にすれば次は誰かが引き継いでくれるのでは」と思い制作を決めた。

紙芝居は実在したとされる塩津の庄屋、彦太夫の話。1616年ごろ、紀州藩主浅野長晟が財源政策として船を徴収する「軍船改め」を下し、山と海に囲まれた塩津では、農業と漁業で生計を立ててきたため、村人が反対。村全体で船を山に隠すことにした。これが藩の隠密に見つかり、村人全員が罰を受けそうになった。彦太夫は塩津の未来を考え、罪を1人で背負い、死をもって村を救ったと伝えられている。

彦太夫のおかげでその後、塩津はイナ漁(ボラの子)が盛んな地域となった。イナの大漁を祝い、不漁時には大漁を祈願して踊ったという「塩津のいな踊り」は、1966年に県無形民俗文化財に指定されている。

紙芝居はB4サイズで全16枚。原案は同館元館長の中谷澄雄さん、文は南方さん、絵は大阪大学大学院の学生、江端木環(えばしもわ)さんが担当。江端さんが、同大学の研究活動で同町を訪れたことがきっかけで南方さんと知り合い、依頼した。

江端さんは塩津の風景にこだわり、忠実に描写するため何度も塩津に足を運んだという。パソコンで描かれた塩津の風景は、やわらかいタッチで表現されている。

南方さんは、毎月第2土曜、憩いの場として地域の住民が集まる塩津コミュニティセンターで、紙芝居の読み聞かせを行っている。このほど、同センターに集まった13人の近隣住民に完成した紙芝居を初披露。見終えた人は「とても勉強になった。紙芝居は月1回の楽しみ」と笑顔だった。

今後も同センターの集まりで披露していくという。

記事元: わかやま新報 ※掲載記事内容は記事提供元で過去に掲載された内容になります。