沖縄戦没者の遺骨収集に参加 県立医大生ら

発見された遺骨や遺留品の画像を示しながら活動の様子を説明する近藤教授㊨と松木さん

太平洋戦争末期の沖縄戦で犠牲になった戦没者の遺骨収集が8月に行われ、和歌山県立医科大学医学部法医学講座の近藤稔和教授と学生2人が参加した。見つかった遺骨や遺留品から、子どもから高齢者までの幅広い年齢層、軍関係者と民間人の両方が「ガマ」と呼ばれる自然洞窟の中に身を潜めていたとみられることなど、貴重な情報が得られる成果があった。

沖縄戦では、日米両軍の戦闘に巻き込まれた民間人を含む約20万人が亡くなったといわれ、犠牲者のうち3000人以上の遺骨が今も見つかっていない。

近藤教授は、理事長を務める日本法医病理学会の研究者らと共に、沖縄戦遺骨収集ボランティア「ガマフヤー」(具志堅隆松代表)の活動に3年前から協力している。4回目の今回は、医学部4年生の松木順平さんら学生を連れて参加。8月10日、沖縄県糸満市の郊外にある2カ所のガマとその周辺を調査した。

高さと幅が約1・5㍍、奥行き約5㍍のガマの内部は暗く、中の土砂を運び出し、遺骨や遺留品の分類作業を進めた。

頭蓋骨や歯、首や手足の骨など8~10人と思われる遺骨が見つかり、骨の大きさや特徴、歯のすり減り具合などから、子ども、成人、高齢者と幅広い年齢層にわたることが判明。骨の一部には焼け焦げがあり、米軍の手りゅう弾のピンとみられる部品も発見されたことから、至近距離の爆発の熱で骨まで焼けたものと推測されている。

遺留品には、日本軍兵士が使っていた靴底、軍用歯ブラシ、ボタン、かんざしなどがあり、軍関係者と女性を含む民間人の両方がガマにいたことが分かった。

近藤教授は、法医学の専門家が遺骨収集に協力することの大きな意義として、DNA鑑定に適した遺骨を現場で判断できることを挙げる。

遺骨が置かれていた環境によってDNAの傷み方は異なり、鑑定ができない場合も少なくない。今回発見した遺骨の中では、鑑定に適しているものは「全体の1割にも満たないのでは」と思われた。

近藤教授は「現場で骨の状況を見て、情報提供し、DNA鑑定を行う実験室までつなげる流れをつくりたい。国が戦没者の身元を確認する専属機関をつくり、そこに(法医学者が)協力していくのが望ましいのではないか」と提案する。

松木さんは、遺骨の収集中に熱中症の症状が出たことを振り返り、「健康な自分が快適な空調服を着て作業していたのに熱中症になった。沖縄戦は非常に蒸し暑い時期だったので、戦時中のひどいストレスの中、食べるものもなく、こんなつらい環境で人々が過ごしていたのかと感じた」と話した。

活動中に具志堅代表から聞いた「死者が最期にどんな人とどんな状況にいたのかを伝えることができれば、より良い弔いになるのではないか」との言葉を印象深く聞いたことも紹介し、「これまでは知識としての戦争の歴史しか知らなかった。沖縄戦について非常に意義深い学びになった」と語った。

記事元: わかやま新報 ※掲載記事内容は記事提供元で過去に掲載された内容になります。