経石15万個を多宝塔へ もどす会が作業開始

経石が戻された石室内

石室の上に建つ多宝塔前で松本住職が読経

石室の上に建つ多宝塔前で松本住職が読経

万人の成仏と世の平安への願いが込められた経石を、元あった場所に――。紀州徳川初代藩主、頼宣の生母の養珠院(お万の方)の発案で、慶安2年(1649)に和歌山市和歌浦中の妹背山に埋納され、17年前に調査のために掘り出された15万個の経石を戻そうと、地元住民ら有志でつくる「経石を多宝塔にもどす会」が14日、15万個のうち約1万5000個を納めた。今後、時間をかけて全ての経石を埋納する予定という。

経石とは、小石に墨で仏教の教典を書き写したもの。経石の埋納は、養珠院が夫の家康の三十三回忌を機に、追善と世の平安を祈って発願。法華経の題目「南無妙法蓮華経」を書写した15万個を超える経石を妹背山に埋納した。後水尾上皇から公家、武士、僧侶、庶民まで、身分を問わず多くの人が経石を寄せ、題目の総数は250万返を数えた。日本の歴史上このような法事は類がないという。養珠院の没後、頼宣が母を弔うために同地に多宝塔を建立している。

経石は2004年から05年にかけて、市民団体「妹背山護持顕彰会」による多宝塔下の石室内の調査で掘り出され、長い間妹背山の倉庫などで保管されてきた。

今回、景観を損なうことなどから倉庫の撤去が決まり、市民の手で経石を戻そうと「もどす会」が発足。経石は文化的にも貴重な資料であることから、この日までに3回にわたって一部を写真撮影。記録できたものから戻すことを決めた。

この日、海禅院多宝塔のもとには「もどす会」の他、市民ら約50人が参加。妹背山護持顕彰会の会長を務め、海禅院の住職でもある松本惠昌さん(60)が、活動の無事完遂を願って法要を営んだ。

その後、数人が地面をはって、やっと入れるほどのわずかな隙間から、約4㍍掘削して造られた石室内へ。経石を入れた小さなバケツを外部から受け取り、それを何度も往復させ2時間ほどかけて戻した。

松本住職は「私も石を運ばせていただきたかったのですが、病身にあり、地元の皆さんが動いてくれ大変ありがたい。経石には、一人でも多くの方の成仏と幸せを願った御仏の御心が詰まっている。その志を語り継いでいっていただければうれしいです」と話した。

活動の発起人の一人、日方広行さん(70)は「まずは一歩前進。長く放置されていた経石をようやく戻せたことに、感動の思い。何年かかかってでも、全てを埋納したい」と話した。

記事元: わかやま新報 ※掲載記事内容は記事提供元で過去に掲載された内容になります。