『薈庭楽話』希少な私家版 上野山さんが入手

希少な私家版『薈庭楽話』を手に上野山さん(海南市重根のサロンで)

膨大な西洋音楽資料コレクション「南葵音楽文庫」を収集した紀州徳川家16代当主・徳川頼貞(1892~1954)が昭和16年(1941)に限定50部で印刷した自伝的随想『薈庭楽話(わいていがくわ)』の貴重な一冊を、和歌山県海南市重根で音楽教室とサロンを開く鍵盤楽器奏者の上野山彩子さんが入手した。「頼貞さんは音楽にものすごい情熱と使命感を持っていた。多くの人に知ってもらいたい」と話している。

『薈庭楽話』は、音楽と関わり続けてきた頼貞の半生が幼少期からつづられ、自身の音楽体験、国内外の数多くの音楽家との交友などが紹介されている。

私家版と市販版があり、私家版の奥付の印刷日は昭和16年11月。「非売品」「限定五十部」と記され、頼貞自身が親しいごく少数の人に贈呈するために作ったことが分かる。

南葵音楽文庫を研究する美山良夫慶應義塾大学名誉教授(音楽学)によると、昭和18年3月に出版された市販版は、私家版に比べて全体で約40㌻少なく、大幅な削除や表現の変更がみられる。頼貞は序文への付記で日米開戦の真珠湾攻撃などに言及し、公刊すべきか迷ったことを記しており、市販版が戦時情勢の影響を受けたことを物語っている。

私家版は削除や改変が行われる前のオリジナルだが、ほとんど現存しておらず、公共の図書館などで所蔵しているのは東京文化会館音楽資料室の1カ所のみ。

そんな希少な私家版を上野山さんの友人が大阪・難波の古書店で偶然見つけ、購入し、「あなたが持っていてください」と譲ってくれたのはことし2月のこと。

表紙を開くと、序文の前に「限定版五十部 第○○番」の印字があり、番号は「二十八」と手書きされている。色焼けはあるが、上質な紙でしっかりと装丁された本は、80年前のものとは思えないほど保存状態も良い。

上野山さんが頼貞の存在を深く知るようになったのは、2万点を超える南葵音楽文庫が県に寄託された2017年以降のこと。音楽が道楽の「殿様」のように言われることもあった頼貞だが、「学者として音楽を学び、修めた人」であり、南葵音楽文庫の資料を見ると、「自分が好きではない音楽家なども含めて、クラシック音楽を偏ることなく集めているのが素晴らしい。将来の音楽を担う人のために役立てばという思いがあったのでは」と感じている。

『薈庭楽話』には、コレクションの収集など頼貞自身の音楽界への多大な貢献についてはほとんど記されていないが、交友した人物にはイタリアオペラの巨匠プッチーニ、ピアニストのコルトー、チェロ奏者のホルマンなどそうそうたる名前が並び、どのように交友が結ばれ、広がっていったのかも記されている。

上野山さんは「すごいエピソードがいくつも書かれている一方で、何気ない日常の記述もあり、親しみやすい。登場する人の背景なども想像してロマンを感じる」と話す。

私家版はことし3月、紀州徳川400年記念出版として復刊され、一般に手に入るようになり、上野山さんは、より多くの人に頼貞と南葵音楽文庫のことを知ってもらいたいと願っている。

上野山さんが持つ私家版は、連絡すればサロンで見ることができる。問い合わせは上野山さん(メールayako.uenoyama@gmail.com)。

記事元:わかやま新報 ※掲載記事内容は記事提供元で過去に掲載された内容になります。