HOME グルメ 和歌山ラーメン誕生物語 ~第7話~「和歌山ラーメンの名を使って申し訳ないです」

いまや全国的な知名度を持つ「和歌山ラーメン」。そのブームが生み出された経緯を知る筆者(S.Sat.SD)が、後世に伝えるべく、ロカルわかやまに書き綴る第7話。

第6話までのあらすじ

1998年(平成10年)1月放送のテレビ番組内で「井出商店」(和歌山市)が、ラーメン評論家たちの高評価により、日本一だと認定された。以後、「和歌山ラーメン」ブームが全国で巻き起こり、同年10月には新横浜ラーメン博物館で和歌山ラーメンの特別展が開催、そして同時に「井出商店」が期間限定で出店することに。

1998年の時点では
違和感たっぷりの名称「和歌山ラーメン」

編集部Horry(以下、H)「そもそもの質問ですが、新横浜ラーメン博物館ってどんな施設なんですか?」

私「以前にもちらっと紹介したが、おさらいしておこう。新横浜ラーメン博物館は、1994年にオープンした世界初のラーメンをテーマにしたアミューズメント施設。“全国各地のラーメンを飛行機に乗らずに食べに行ける”をコンセプトにして1994年オープン。現在も全国の多彩なラーメンを楽しむことができ、どんなお店が出店しているかは、公式HP を見れば詳しく紹介している。館内は昭和30年代の雰囲気が再現され、まさに映画『ALWAYS 三丁目の夕日』の世界」

1998年10月1日に撮影

さて、話を1998年に戻そう。10月1日、私は新横浜駅のホームに降り立ち、博物館に向かって歩き始めた、いや走り始めた。

H「寝坊したんでしたっけ?」

私「そこは第6話を読んでくれ」

館内でまず向かったのは、特別展「どないなんよ和歌山ラーメン」の会場。

パネルには、新横浜ラーメン博物館の広報担当・武内伸さんと共に調べた和歌山の中華そばの歴史や、味の解説、独特の食文化(早すしの存在、自己申告精算など。第3話参照)などが分かりやすく説明されていた。

特別展の初日ということもあり、忙しく動き回る武内さんから、この場で意外な言葉をかけられる。

武内「和歌山の各店を回りましたが、メニュー名はあくまでも『中華そば』であり、お店の人もお客さんも『ラーメン』とは呼んでいませんでした」

私「確かに。お店に入るなり、『中華一つちょうだい!』という人が多いですね」

武内「どうやら和歌山の人は、『ラーメン』と聞いたらインスタント麺をイメージするようです」

私「うーん、そうですか? (ちょっと違うかも)」

武内「今回このような和歌山の特別展をするにあたり、全国のみなさんに分かりやすく紹介するため、地元では耳にしたことがない『和歌山ラーメン』という言葉を使いました。『札幌ラーメン』『喜多方ラーメン』などと同格で紹介したいと考えたんです。和歌山のみなさんには、大変申し訳のないことでして…」

私「いえいえ、そんなに頭を下げられても…そもそもワタクシ、和歌山県民代表でもないですし」

武内「それともう1点。スープの説明のために『車庫前系』『井出系』という言葉を勝手に作って表現しました。博物館らしく分類・系統づけしたかったわけで、和歌山のみなさんには馴染みのない言い方だと思います。30杯以上を和歌山で食べましたが、きっちり分けてしまうのは容易ではなく、両方の良さを味わえる中華そばもたくさんあります。こちらの都合とはいえ、重ね重ね、申し訳ございませんでした」

行列が絶えなかった
井出商店新横浜ラーメン博物館店

H「へー、『和歌山ラーメン』と呼ばれ出したのは1998年のことだったんですね。もっと昔から普通に言われていたんだと思っていました。しかも、その名前を広めたことで謝罪を受けていただなんて」

私「同年1月のテレビ放送以降、東京のマスコミからの問い合わせの際にも『和歌山ラーメン』という言葉は聞いたけど、名前がメジャーになったのは、新横浜ラーメン博物館の展示以降なのは間違いない。武内さんが広めた『和歌山ラーメン』『車庫前系』『井出系』という言葉があってこそ、全国の人が和歌山のラーメンを認識することになり、今に至る『和歌山ラーメン』ブームが起こったのは確かな話」

H「複数の有名店での行列は、当たり前になっていますしね」

私「和歌山県(もしくは和歌山市)は、和歌山独自の味を全国ネットで真っ先に紹介したラーメン評論家の石神秀幸さん、そして和歌山の中華そばを体系的にまとめた武内伸さんを表彰すべきだとずっと思っているんだけどね…残念ながら、武内さんは2005年に病気で亡くなられて…」

特別展の会場を後にした私は、この日から翌年春まで期間限定で博物館内に出店する「井出商店」に向かった。

時間は午後2時過ぎ。この時間なら空いているかと思ったが、長蛇の列(2時間待ちの案内)。令和の時代なら当たり前の行列だが、平成当時、飲食店の行列なんて東京だけの話だと思っていた私はビックリ。「私は取材だよ!」の雰囲気を醸しながら行列の横を通り抜け、井出商店の暖簾をくぐると…

ご主人の井出紀生さんをはじめ、和歌山から家族総出で応援に駆けつけていた。忙しい中、井出さんに声をかけると、「和歌山と同じ味が出てるよ」と嬉しそうに返事。

私「井出さんはさらに『暗いニュースで有名になってしまった和歌山に、明るい話題を提供したいと思っています』と話していたのも覚えているわ」

H「暗いニュースと言いますと…」

私「和歌山市でカレー毒物混入事件が起こったのは、この年の夏やったんや」

H「なんと!」

井出商店が華々しく新横浜ラーメン博物館にデビューした4日後、日本中を震撼させたカレー毒物混入事件の容疑者が逮捕されるのである。

※「和歌山中華そばとラーメン。」(発行/アガサス)掲載の写真を使用しています

第8話につづく(近日公開)

【和歌山の一杯】
丸三 中華そば

1998年(平成10年)の「和歌山ラーメンブーム」時に営業していたお店を、2025年(令和7年)に訪れて食べたレポート。

中華そば(800円)※2025年11月26日実食

和歌山の地元民に「おすすめの和歌山ラーメンはどの店ですか?」と聞くと、真っ先に名前が挙がってくる「丸三」。正午前後だと、駐車場の入口を先頭にした車列も見慣れた風物詩。コクのあるスープだがクセがなく、細麺との絡みは抜群。まさに和歌山と言えるこの味わいは、ありきたりな言葉では表現できない。とにかく、食すべし。

店内は明るく、小さな子ども連れでも気兼ねなく食べられる小上がり席も。とても繁盛店なので、昼時を外して訪れるのがベター。

名称 丸三 中華そば
所在地 和歌山県和歌山市塩屋6-2-88 地図
電話番号 073-444-1971
営業時間 11:00~20:00
定休日 日曜
駐車場 あり