
和歌山ラーメン誕生物語 ~第9話~「和歌山ラーメンブーム、地元の立役者に会いに和歌山大学へ」
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【連載コラム】和歌山ラーメン誕生物語
いまや全国的な知名度を持つ「和歌山ラーメン」。そのブームが生み出された経緯を知る筆者(S.Sat.SD)が、後世に伝えるべく、ロカルわかやまに書き綴る第9話。
第8話までのあらすじ
1998年(平成10年)、和歌山の中華そば店が日本一とテレビ番組で紹介され、同年10月には新横浜ラーメン博物館で和歌山ラーメンの特別展が開催。筆者は現地に足を運び、関東で巻き起こっている和歌山ラーメンブームを目の当たりにした。
28年ぶりにアノ方にアポイント
1泊2日の横浜・東京の旅を終え、和歌山に戻ってきた1998年秋。すぐさま、和歌山のラーメン情報を発信していた先駆者に会って取材をした。あれから30年近くたった今、コラムを連載するにあたり、再度会って当時のことを聞かねばと、2026年1月に再訪。第9話では、そのお話を…
編集部horry(以下、H)「えっ、急に2026年へタイムスリップするんですか」
私「1998年の話の続きは、またの機会ということで」
H「またの機会って、この連載が打ち切りになったらどうします?」
私「なんてよー」
H「本題に入りましょう。その情報発信の先駆者って誰なんですか?」
私「和歌山大学システム工学部システム工学科准教授の床井浩平さん。インターネットが物珍しかった1990年代中ごろ、和歌山のラーメン屋のMAPや自身で食べ歩いた感想を、インターネットで情報発信されていた方」
H「AIに聞くと、『インターネットは1995年にWindows95が発売されたことを機に、一般家庭に爆発的に普及。日常生活に不可欠な存在となりました』と回答してくれますね」
私「いまや、何でもかんでもAIやな。95年といえば私、もう働いていたんだが、初めてインターネットの画面を見たときは感動的やったわ。パソコンを電話線でつないで、キーボードをパンパンパンと叩いて、画面に写真がゆっくり上部から現れてきて…。『おい、読み込みに時間かけたら電話代が上がるから気を付けろ!』みたいなことを言っていた」
H「電話代が上がる? どういう仕組みだったんですか」
私「それを説明していたら長くなるので先に行こう。とにかく、そんなインターネット黎明期に、床井さんは和歌山のラーメン情報を収集したホームページを作っていた。その画面がこれ」

H「これは今でも見れるんですか?」
私「いや、ZAQのホームページサービスの終了とともに閉鎖されているので無理。私が貴重な資料だと判断し、2001年7月にプリントアウトしておいた。まさかここで使えるようになるとは。先見の明があったわ」
H「そんなドヤ顔で言われても…そもそもS.Sat.SDさんが作ったわけではないし」
約30年前に和歌山のラーメン情報を
インターネットで発信していた床井さん
事前に訪問の趣旨を床井さんに伝えていたところ、想像をはるかに超える資料がメールで送られてきた。「うどん学会」で講演したという「基調講演 和歌山ラーメンという物語」の文面など。
私「この『和歌山ラーメン物語』でつらつら書いてきたことが恥ずかしくなるほど、細部にわたってまで和歌山“の”ラーメンについて分析されていた。参りました!とひれ伏すぐらいの圧巻の資料やったわ」
H「うどん学会で和歌山のラーメンについて講演されていたんですか。うどんでラーメン???」
私「それについては、私もすぐにツッコミを入れたくなったわ」
そして2026年1月30日、和歌山大学栄谷キャンパスを訪問。小雪がちらつく、とてもとても寒い日であった(市街地とは気温が違う!)。

私「学年末に向けてお忙しいところ申し訳ございません。まず、床井さんは京都出身ということですが、和歌山に来られた経緯や、和歌山のラーメンとの出会いを教えてください」
床井(以下、床)「はい、1986年に和歌山大学経済学部に採用されて和歌山に来ました。和歌山のラーメンに関しては、同僚から『小松原のまるやまは、おいしい』などと耳にすることもありましたが、息子が3~4歳(1991~1992年)になった頃から、和歌山のお店を一緒に食べ歩くようになりましたね」
私「『まるやま』は私も思い出深いです(第4話で紹介)」
床「好き嫌いが激しかった息子を手平あたりにあった『丸孝』(閉店)に連れていったら、するすると食べ始め、自分も食べてみて旨味のバランスに惚れこんでしまいました。そんな話を同僚(上司)や学生に話したら、次々と和歌山の有名店を紹介されましてね。研究室に『丸三派』と『丸木派』の学生さんがいることが判明し、互いに論争を始めたことも…。和歌山のラーメンは地域住民にとって、家庭の味に非常に近い存在であることに気づいたきっかけでもありました」
私「『丸三派』(第7話でお店紹介)と『丸木派』(第1話でお店紹介)の論争って、熱そうですね」
床「和歌山の人々は、幼いころから連れて行ってもらった行きつけのラーメン店があり、自分の家の台所の延長のような感覚なんだなと。だから味の論争になった際に、互いに譲れないというか」
私「確かに。自分なりの“おいしい”基準が幼いころから脳裏に刷り込まれていて、他の味は受け付けないような独特の本能があるように思います」
床「『そんな黒いラーメンら食えんわ』『あそこはしょっぱすぎてアカン』など、“きのこたけのこ戦争”(チョコレート菓子の「きのこの山」と「たけのこの里」のどっちがおいしいか?という消費者間の論争)のようなネタを提供してもらったことがありましたね」
私「ええ、ラーメンのうまいまずいについては、持論を主張する和歌山人が多かったですね。あ、今もか(笑)。床井さんのホームページ『和歌山のラーメン』を初めて閲覧した際、店の評価を文字で知ることができて新鮮でした。それまで味のうんぬんは、わーわー言いっぱなし、聞きっぱなしだったので」
床「和大にシステム工学部ができ、学内ネットワークの整備に携わることになり、おそらく和歌山県内で最初のWebサーバーを立ち上げました。でも公開したいコンテンツがなく、研究ネタもすぐに集められるわけではないので、自分で食べ歩いた和歌山市内のラーメン屋の地図を掲載したんです」

私「最初は地図だったんですか。懐かしい店名がいっぱいあります。これを見ているだけで、一杯いけそう」
床「すでに検索サービス(Yahoo!など)があり、『和歌山』というキーワードで検索すると、この『ラーメン屋の地図』が上位に出てきました。ところがインターネット関連の雑誌で『地図だけでは意味がない!』と酷評され…」
私「そんな批判を受けることがあったんですか。なかなか手厳しい」
床「仕方がないので、自分が食べ歩いた情報を載せることになったんです。そのうち、和歌山のラーメンに関して、いろいろと発見がありました。看板に『元車庫前』とか『元県立体育館前』と書いているのはなぜだろう?とか、屋号に〇なんとかが多いのはどうして?とか」
私「和歌山で生まれ育った私などは普通に思っていることも、他の視点(京都出身の床井さん)からだと不思議なことが多かったのですね」
床「そんな素朴な謎をホームページに書いたところ、メールを介して(これもまだ物珍しかった)いろんな情報が私のもとに寄せられるようになったです」

H「あのー、突然ですが申し訳ないです」
私「なんやねん、せっかく筆が進んできたのに」
H「これまでのコラムより、大幅に文字数が増えています。3000文字を超えました」
私「しゃーないな、続きは第10話や。いやー、10話でも終わらんかも」
※ということで第10話につづく(2026年3月下旬公開予定)
【和歌山の一杯】
山為食堂

濃厚スープの真ん中にネギが鎮座し、その周囲にチャーシュー、ナルト、かまぼこが配される。和歌山伝統の中華そばとして完璧なビジュアル。麵を探り上げて、すする。和歌山では珍しい中太麺のもっちり感。他店では体験できない歯ごたえだ。なお、細麵の選択もOK。
昭和・平成、そして令和の今も行列が絶えない繁盛店。この濃厚スープと麺、チャーシューなどの具材のハーモニーが抜群だからだろう。昼から夕方までの通し営業なので、ランチ時のピークを少しずらした訪問のほうが、落ち着いて堪能できる。

| 名称 | 山為食堂 |
|---|---|
| 所在地 | 和歌山県和歌山市福町12 |
| 電話番号 | 073-422-9113 |
| 営業時間 | 11:00~17:00(スープがなくなり次第終了) |
| 定休日 | 日曜、祝日 |
| 駐車場 | あり |
| web | https://site.locaop.jp/VygMQ |
| @yamatameshokudo_ |



























和歌山の麺歴史に詳しい、創業40年近くのエディター。嫌いな質問は、「おすすめのラーメン店を教えてください」。もし聞かれたら、「サッポロ一番みそラーメンが好きです」と肩透かし。